このレンズは1953年11月に登場した当時、35mm判カメラ用交換レンズとしてカール・ツァイス・イエナのコンタックス用トポゴン(Topogon)25mmF4に続いて、世界一の広角を誇ったレンズです。その構成はCP.ゲルツのハイパーゴンを発祥とするメニスカスの2群2枚対称型を発展させた、4群4枚構成のトポゴンタイプです。日本光学では戦前すでにこのハイパーゴンおよびトポゴンタイプのレンズを設計製造していて、その経験に基づいてこのユニークなレンズを世に送り出したということです。
トポゴンタイプのレンズは、特にその内側のきわめて薄いメニスカスレンズの研磨が大変に困難ということで、世界的に種類が少ないのです。現在比較的目にすることができるこのタイプのレンズとしては、このニッコール25mmF4のほかに、オリジナルのトポゴン25mmF4、旧ソ連KMZのオリオン15(Orion-15) 28mm F6.3、そしてマミヤプレス用セコール(Sekor)65mmF6.3くらいではないでしょうか。なおトポゴンには大判カメラ用の巨大なレンズも知られています。
このレンズは、当初は真鍮製クロームメッキで重量約140gほどのコンパクトなレンズとして登場しました。後に軽合金製黒塗装となりましたが、こちらは重量は半減してたったの約75gしかありません。製造番号は402501番から405000番くらいまであり、403600番以降が黒鏡胴と言われていますが、実際に市場で見かけるのは白鏡胴が多く、黒塗装はかなり数が少ないようです。またこの中にはライカマウント用が含まれていて、その数はたった300本ほどという説もあるのですが、いずれにしても数が少ないレンズであることは間違いありません。そのため中古市場での価格がきわめて高価なのはやむをえないところです。特にフード、ファインダー、ケースが揃った美品のセットは、30万円以上はするようです。
さてこのW-Nikkor25mmF4レンズはとてもユニークな構造をしています。まずピントリングがありません。ボディに装着すると内部の距離計連動機構とリンクし、カメラ側のピントダイアルでレンズ内部のヘリコイドを回転するようになっているためです。慣れれば実に軽快にピント調整ができます。
また絞り操作部もレンズ内部にあり、レンズの開口部に指を差し込んで設定します。これはあまり使いやすいとは言えず、その上絞り操作の際に誤ってレンズ表面に指を触れてしまいやすく、レンズ表面を傷つけてしまう結果になるのではないかと推測しています。またこのためフィルターを装着すると絞りの操作ができず、その都度フィルターをはずすことになります。フィルターは専用フードにシリーズVII型のものを装着することしかできない構造なので、フードを絞り操作の都度はずすことになるわけです。ただし奥目の構造ですから、フィルターを使用しないのであればフードはなくても困りません。なおこのレンズは絞り開放でも絞り羽根がかなり見えます。それで正常です。
フードは非常に薄型のもので、レンズ先端外周のピンにひっかける方式で装着します。このフィルターは前後二分割でき、その間にシリーズVIIフィルターを挟み込むようになっているわけです。キャップも同様にこのピンにひっかける専用品です。
このレンズには専用ファインダーが付属していますが、二段になった円筒形で、前部外周と接眼部がクローム仕上げでほかは黒色塗装です。シュー座もクロームです。パララックスの補正機構はありません。おもしろいことに対物側から見ると、視野枠が糸巻き型にひどく歪曲しています。しかしファインダーをのぞくと、視野はきちんとまっすぐに見えるようになっています。なおアイポイントが短いため、眼鏡をかけて全視野を見ることは困難です。
気になる描写性能ですが、開放から驚くほどシャープな画像が得られ、完全対称型トポゴンタイプの特徴として歪曲収差がほとんどありません。したがって建物などの撮影に非常に適していて、その上カラーではレンズ構成枚数が少ないこともあって非常なハイコントラストの画像となります。ただし周辺光量の低下はかなりありますから、それを気にする場合には相当絞る必要があります。
ともかく素晴らしい性能のレンズであることは間違いなく、このレンズを求める人の期待を裏切らないものです。ただし、中古市場に登場するレンズを調べた結果として、その表面に微細な拭き傷が多数ついているのを目にすることがたいへん多いです。それは先に述べたように、構造上レンズ表面にさわりやすいこと、さらにこのレンズのガラスの材質が柔らかいためであろうと推測しています。微細な傷がついたレンズで写すと、画面全体にひどいフレアがでたり、光源のまわりに強いにじみが観察されたり、コントラストが眠い状態となってしまいます。撮影した結果がそういう状態であったら、そのレンズは残念ながら本来の性能ではないのです。非常に高価なレンズでもあるわけですから、購入時には厳密にレンズの状態をチェックしましょう。